みなさん、こんにちは。
今回は、『0歳の息子と二人で、彼から逃げた日』についてお話したいと思います。
これまでは、コーチングマインドで頑張ってきた私でしたが、あの日ばかりはもう、心が限界を迎えていました。
きっかけは、また『触れてはいけない話』から。
父が亡くなって、1ヶ月もたたないうちに、彼は再び、
『触れてはいけない話』つまり、『将来どうするか?』の話を持ち出してきました。
まだまだ父が亡くなった喪失感、悲しみ、無力感でいっぱいだった私には、重すぎる話題でした。
二人きりで話すには、気が重すぎました。
ちょうどその頃、彼の実家に帰省する予定があったので、両親の前で話すことになりました。
彼の両親は、すごく素敵な方で、私のこともいつも気にかけてくださっていました。
私が挑戦したいことも、理解してくれ、
『それなら、少しの間(約2年)、別居期間があっても仕方ないよね』
という話になり、彼も承諾してくれました。
でも、私は、自分が挑戦したいことが2年間で終わらせられる確信が持てませんでした。
挑戦した先で、さまざまな出会いやチャンスがあるはずで、そこからまたどのような可能性が出てくるか、誰にもわからない。
だから、今の時点で、『2年間で絶対彼の実家に帰る』というのは、言えなかったんです。
でも、この条件を飲まなければ、またあのしんどい話し合いが再開される。
それが苦痛すぎて、その苦痛から逃げるように、その条件を受け入れたのです。
しかし、それから、
『2年後には私と息子は(否応なしに)彼の地元に移住する』
という前提で話がどんどんすすんでいったので、
【これは、まずい】
と思いました。
2年後、もし私が、
『やっぱり、もう少し、実家に帰るのを延期したい』
と言ったものなら、
彼はきっと、
『約束が違う!まだ家族を分断しようとするのか!』
と逆上するのが目に見えていました。
だからある日、
『2年ではなく、もう少し伸びる可能性も視野に入れて考えて欲しい』
と伝えました。
すると、彼の目の色が変わりました。
散々この話をしてきて、お互いが妥協した結果、この条件に落ち着いた。それなのに、また同じ話を持ち出してきている。あの時、離婚するという選択肢も出てきたくらい、たくさん話し合ったやんか。僕が2年でも別居はしんどいって言っているのに、さらにその期間を伸ばそうとしている。俺のことを大事にしていない。息子にとってもよくない。Yokoは、別居したら、ワンオペになって、それでちゃんと息子を育てられるんか?仕事と育児で精一杯になって、僕への連絡とかはできないのが目に見えている。
と、まくしたてるように言いました。
そして、
Yokoが僕に対して、無理難題を言っている。言動や態度も含めて、僕の嫌いな上司にそっくりだ。その人は今、まともに社会生活が送れていない。だからYokoも社会人として失格。それに、家族を分断させようとしているから、主婦としても失格や!!
と言われました。
社会人として失格
それに
主婦として、母親として失格
えーっと、じゃぁ
一体私は何者?
彼とこれ以上話すのがしんどくなり、深夜だったこともあり、
『もうお願いやから寝させて』
と言って、寝室に逃げました。
起きた瞬間から始まる口論
翌朝、私が起きた直後から、昨夜の口論は再開されました。
結局どうするん?Yokoが地元に来るか来ないかで、多くの人に迷惑がかかるねん。
私は、
地元には行くって言っている。それに今更行かないと行ったところで何もかわらへんやろ
と、やや投げやりになりました。
すると、彼は、起きている晴を抱っこしながら、私に向かって足元にあった、お義母さんが息子のために買ってくれたぬいぐるみを、私に向かって蹴りました。
蹴られた人形は、私にはあたらず、壁にぶつかり私の足元に落ちました。
びっくりしたのと同時に、強い恐怖を感じました。
【ついに暴力がでた】
と思いました。
その後も、
どうするんよ、結局。何か言って。そんなんだったらもう書類用意してくる(離婚届)わ
と言われました。
そして、
こんな状態で仕事に行けないから、遅れると上司に連絡する
と言われたので、
今話しても埒があかないから、とりあえず行って
と私が言うと、
俺は金さえ稼げばいい存在なんか!?こんな状態で仕事できるわけないやろ!!
と声を荒げました。
そして、朝食のパンを手で握りつぶして、ニコニコ笑顔で遊んでいた息子の前を、すごい勢いで通り過ぎ、玄関に向かっていきました。
避難した日
産後から始まった、彼の感情的な言動について、誰にも相談できませんでした。
それは、
彼の外面が良かったから。
私の家族や、友人は、彼のことをよく知っており、特に家族は、彼のことをすごく信頼していました。
そんな家族を幻滅させたくなかった。彼の悪い面を見せたくないと思ったんです。
でもある時、姉に『モラハラちゃう?』と言われたあたりから、姉には相談できるようになっていました。
そして今回、暴力まがいのことがあった後、喧嘩したことは姉に伝えました。
人形を蹴られたことは、最初言わないでおこうと思いました。
これを言ったら、何かが終わる気がしていたんです。
でも、どうしてもそのことを一人で抱えていられなくて、最後の最後に言いました。
すると案の定、
それはやばいから、私の家においで
と言われました。
正直、そこまで大変なことだと思っていませんでした。
でも、もう限界かもしれない、とも思っていました。
何度も息子の前で声を荒げて、冷静になってから、謝られ、息子の前ではもうやらない、
と言うのに、それが繰り返される。
ついには、息子が見ている前で、暴力行為も出ました。
だから、彼が仕事に行っている間に、息子と二人で最小限の荷物を持って、家を出ました。


