私は被害者?|夫の変化を観察しながらコーチング視点で人生の舵を取り戻す記録【連載⑥】

モラ夫に気づいてから

みなさん、こんにちは。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

さて、今回は、別居後の話をしたいと思います。

いざ家出!

決定的な事件が起こった翌日に、家出をしようと決意し、急遽航空券を購入しました。

彼は、その夜、昨夜〜今朝のお詫びとして、ワンピースのケーキを片手に帰宅しました。

しかし、私の決意は固く、

彼が寝静まってから、彼に気づかれないように、夜な夜な荷造りをしました。(まるで夜逃げするように)

そして、翌朝、彼は仕事に行きました。

私は、彼が出ていってから、荷物の最終チェックをし、

ダイニングテーブルに置き手紙を残して、息子と、最小限の荷物を片手に空港へ向かいました。


これからどうなるのか、

私は一体どうしたいのか、

全く考えられませんでした。

でも確かだったのは、

もう家には戻れない

この場から逃げないといけない

ということでした。

そして、空港に降り立つと、姉が出迎えてくれました。

心底ほっとしました。

私は被害者?

これまでに起きた出来事を、包み隠さず姉に話しました。

姉は、

『彼が悪いんやで。彼は、自分自身の言動に責任を持つべき。“Yokoの言動や態度が悪い”、とか“○○失格”とかも、人格否定やわ。典型的なモラハラ』

と、言いました。

私はピンときませんでした。

私の態度が悪いから、言動が悪いから、彼が怒るんだ

だから、私が態度を改めないといけなかったんだ

当時、本当にそう思っていました。

でも、別居してから、姉夫婦や、女性相談センターの相談員さんたちに話をしていくうちに、

彼の言動は、彼自身に責任がある

私に責任転嫁するのはおかしい

と気づくことができました。


当時、すごく腑に落ちた例え話をします。

すごく理不尽なことを言ってくるお客さんがいたとして、

従業員が声を荒げてそのお客さんに対応したとします。

この場合、

お客さんの言動が、従業員を怒らせた。だから、お客さんが悪い

ということにはなりませんよね。

私たちは、どんな時も、自分自身の言動に責任をもつ必要がある。

刺激(出来事)と反応(行動)の間には、空間があり、その空間をどう使うか(どう解釈し、行動に移すか)、は私たち自身に委ねられている

のです。

もう彼とは平穏な生活は送れない

もう無理だと思いました。

彼とは、平穏な生活は送れない。

【もし仮に戻って、何もなかったかのように過ごせたとしても、何か揉め事が出てきた時、きっと同じことが起こる。】

そう確信しました。

実際、私が家出してから来た彼からのラインは、

お互いに原因があるからお互いが反省しないといけないのに、Yokoはまた俺を1人にした。Yokoは、息子や他の家族がいるからいいけど、俺は1人なんだ。俺は壊れた。

という感じで、あくまで、

『僕も悪かったけど、原因となったのはYokoやで』

のスタンスでした。


別居して1週間ほど経った後、私の姉、私、彼、彼の母親の4人でテレビ電話をしました。

彼は、

申し訳なかった、戻ってきてほしい

を繰り返しました。

謝ってはいましたが、

でも、やはり、論点がずれていたんです。

今回、声を荒げたり人形を蹴ったのは、悪かったと思う。でも、そうなったのは、Yokoのせいでもあるから、お互い反省して、仲直りしたい。

という言い分でした。

私は言いました。

自分の言動には、自分で責任を持つべきやと思う。産後から始まった、私に対する支配的・威圧的な態度や言動で、私は日々萎縮していて、ずっと人格否定され続けてきた。もう耐えられない。

すると彼は、やっと気づいたようで、

本当にごめん。もう一度でいいからチャンスがほしい。死ぬほど努力してYokoと息子を大事にする。

と泣きながら言いました。

別れたい私

別れたくない彼

との話し合いは

平行線となりました。

私はその時、離婚の気持ちは固まっていました。

なので、何を言われても、戻るつもりはないという気持ちで、電話を切りました。

過去が重しになる時

あの時、私は、

離婚しよう

と決意しました。

でも、この期に及んでも、彼に対する情が湧いてくるのでした。

過去の楽しい思い出や、私のことを大事にしてくれて、優しく包み込んでくれる存在だった時を思い出すと、今のこの現状がとても辛くなりました。

流産したとき、

息子がお腹にいることがわかった時、

息子が産まれた時。

悲しい時も嬉しい時も、

彼は私をサポートしてくれました。

そんな思い出たちが、すべて否定されるようで、本当に辛くなりました。

【もう一回、彼を信じてみてもいいのかも?】

とも思いました。

でもやはり、彼が変わることが信じられませんでした。

私は、コーチングを受けているし、コーチとしてクライアントさんをサポートしています。

人は、気づきを得て、それを行動に移すことができれば、現実は変えられる。人はいつでも、変わることができる。

そう信じています。

しかし、その道のりは決して容易くはないのです。

相当の努力と忍耐、継続力、勇気が必要です。

彼は、別居後から、モラハラやDV加害者の自助グループに入ったと言いました。

でも、どれだけ学び、インプットしても、

私と化学反応を起こすと、どうなるか

は、わかりません。

きっと、トライアンドエラーすることになるでしょう。

【その過程を、息子に見せるわけにはいかない。もう怖い思いをしたくないし、息子にもさせたくない。】

そう思いました。

でも、足元を見ると、

彼との思い出、彼の優しさ、愛情、そして彼の家族の優しさが、重たい錘となっていて、両足にのしかかり、身動きが取れなくなっていました。

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