彼との思い出を手放した日|夫の変化を観察しながらコーチング視点で人生の舵を取り戻す記録【連載⑦】

モラ夫に気づいてから

みなさん、こんにちは。

今回は、『彼との思い出を手放した日』について書きたいと思います。

悲しみのどん底

4人でオンライン電話した日の翌日は、一日中泣いていました。

何もする気が起きませんでした。

今の現状(安心安全の場であるはずの家庭が崩壊していること)、

この期に及んでも湧き出る彼への情、

社会の常識、

実母の反応(これについては、前回のストーリーで詳しく書きませんでしたが、ざっくりいうと、一番味方でいて欲しかった母に、寄り添ってもらえなかったんです)

いろんなものが頭の中で、絡まり合っていました。

姉や、

女性相談センターへ何度も電話し、話を聞いてもらいました。

『決断は急がなくてもいい。今は自分を癒すことに集中したらいい。』

と姉や女性相談員は言ってくれました。

正直、

【自分を癒すって何?どうやって?】

という感じでしたが、

とりあえず思考を整理しようと、感情や思いをノートに書き出してみました。

楽しかったこと、悲しかったこと、そして今、何が不安なのか。

楽しかった、幸せだったのは、

・彼と2人で過ごした日々。

・妊娠がわかった日。

・息子が産まれた日。

・3人で楽しく過ごした日。

こんな状況にはなっていましたが、確実に、楽しかった日々は私の中にありました。

でも、やはり、

・彼に怯えて過ごした日

・彼といるのが窮屈に感じた日

・人格否定されて苦しかった日

・暴力まがいのことをされた日 など

辛く、悲しい思い出もありました。

もし離婚という道を選んだとしたら、

私は自立した生活を送れるのか?

息子をちゃんと育てていけるのか?

育児と家事を両立できるのか?

不安は、挙げれば挙げるほど出てきました。

答えを出さなくてもいい

とわかってはいても、

【早く決断しないと】

と焦りを感じていました。

もう彼とは一緒に過ごせない

この直感に突き動かされるようにして息子と二人で避難してきましたが、彼への情が重しとなって、私の両足にのしかかっていました。

彼との思い出を受け入れようと思えた日

そんな矢先に、コーチングスクールで毎月行っていたお相手役とのコーチング練習の日がやってきました。

私が個人的に思う、コーチングのいいところの一つは、

具体的ことを話さなくても、コーチングを受けられる

ということです。

『彼からのモラハラで1歳の息子と避難して離婚しようか迷っています・・・』

みたいな話を家族以外の人にするのは、ためらわれました。

なので、

『前に進みたいけど(彼との関係性をどうするか決断したい)、障壁(彼への情)があってなかなか前に進めない』

ことを議題にあげて、コーチングを受けました。

お相手役の方に、

その障壁は、Yokoさんにとってどういう存在ですか?

と聞かれました。

改めて、その錘を見つめてみると、

重しに感じている、彼との思い出は、大切なものだったと気づきました。

その重しの中身は、彼と過ごした日々がつまったあったかいもの。

でも、それはあの時の私にとっては、重たく、黒く、ごつごつした石のような存在になっていました。

自分の中にある、相反する感情。

感謝、幸せ

悲しみ、絶望、嫌悪

そのギャップが、私をより一層苦しく感じさせていたのだと思います。

しかし、お相手役の方に話をするうちに、この重しは、

『私の中にあって然るべきものなのでは?』

と思うようになりました。

彼と知り合って10年、付き合いは通算7年ほどだったので、彼は、家族の次に多くの時間を一緒に過ごしてきた人でした。

だから、

【そんな彼に情が湧いてくること自体は、当然やん。】

と思いました。

それと同時に、今まで出会ってきた人たちとの思い出があるように、彼との思い出も、確かに私の胸の中にある。それをあえて、消そうとする必要はないんだと思いました。

今は、彼との思い出は、私の人生の中で大きな割合を占めているけど、でもきっと、5年後10年後の私は、思い出の一つとして、見れているはず。

【彼と過ごした幸せだった時の思い出まで、否定しなくていい、消さなくてもいい。】

と思うと、

少し気が楽になりました。

そして、コーチングセッションの最後には、

足元にあった錘は、彼への情の存在を認めることで、少しずつ小さくなっていく感覚がありました。

私はあの日、自分の中にある相反する感情を認め、彼との思い出に感謝をして、それをそっと手放すことを決意しました。

離婚すると決意した日

とはいっても、なかなか決断ができませんでした。

【私は彼が変わることを、信じられるんかな?】

と、初めのうちはこればっかり考えていました。

しかし、ある時、気づきました。

彼が変わるかどうかを軸に考えていても、彼がどうなるか、は私がコントールできないこと。

だから、

彼が変わると信じるかどうか

ではなく、

私自身が望むことを軸に考えよう。

と思いました。

私はどう生きたいのか?

私が本当に手に入れたいものは何か?

それは、

安心、安定

でした。

私はその時、初めて、

安心安全という自分が前に進むために必要な要素を、外の世界に求めていた

ことに気づきました。

安心、安全がなければ、自分自身が揺らぎ、判断力も鈍るし、大事な決断ができない。

それほど人生において大事なものを、環境や他人に委ねてしまうと、それが揺らいでしまったときに、自分も揺らいでしまうと気づきました。

自分の中に、安心安全を作れたら、無敵だ

と思いました。

あの時、安心安全を自分の中にどうやって作るか

はわかっていませんでしたが、

少なくとも、それらを自分の中に構築するためには、彼の存在は私には必要ない

と思ったんです。

彼に対する情は、確かにありました。

これまで、彼が私にしてくれたことは、たくさんあったからです。

でも、それらを否定する必要もないし、忘れ去る必要もない。

逆に、そのこと自体は素直に感謝してもいいんじゃないか。

だって、その時の私にとっては、とても大事な存在であり、大切な思い出だったから。

でも今は、私は違うステージにいる。

大事にしたいこと、必要なこと、望んでいることは、あの時とは違う。

だから、過去の思い出に感謝しつつ、次のステージへの一歩を進めて行きたい。

そのために、彼との思い出を手放し、離婚しようと決意しました。

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